【医師の想い】心臓外科医・尾﨑重之を支える「五省」の精神。命と向き合う日々の覚悟

はじめに

心臓の手術を受けるにあたり、「どの病院を選ぶか」「どの治療法を選ぶか」は非常に大切です。しかし、それと同じくらい、ご本人やご家族にとって気がかりなのは、「命を預ける医師が、どのような思いで医療に向き合っているのか」ということではないでしょうか。

どれほど優れた技術を持つ医師であっても、患者さんを「一人の人間」として誠実に向き合う姿勢がなければ、本当の意味で信頼を預けることはできません。

私は長年、心臓外科医として多くの患者さんの心臓と向き合ってきました。2,000例以上の手術を経験した今もなお、私が毎日自分自身を戒め、座右の銘として大切にしている言葉があります。それが、海上自衛隊・幹部候補生学校(江田島)で学んだ「五省(ごせい)」です。

本記事では、医師としての技術だけでなく、私がどのような覚悟を持って皆様の治療に臨んでいるのか、私の原点である「五省」の精神を通してお話しさせていただきます。

私の原点 ―― 江田島で学んだ「五省(ごせい)」とは

私は1983年に防衛医科大学校を卒業した後、海上自衛隊の幹部候補生学校(広島県・江田島)で研修を受けました。

江田島は、旧大日本帝国海軍の将校養成機関であった海軍兵学校が置かれた地として歴史的に知られています。現在はその跡地に海上自衛隊幹部候補生学校・第一術科学校が設置されており、赤レンガの重厚な校舎が今も当時の姿をとどめています。

その江田島で、私は1日の終わりに「五省」という言葉を唱え、その日の自分自身の行いを振り返る習慣と出会い、今でも毎日この5つの言葉を自分自身に問いかけています 。

「五省」とは、1932年(昭和7年)に当時の海軍兵学校長・松下元(はじめ)少将が考案した、5つの問いかけからなる訓戒です。毎晩の自習終了5分前にラッパの合図が鳴ると、生徒たちは瞑目静座し、当番学生が五省を発唱する中で一日を静かに振り返りました。

この「五省」の精神は、終戦後も消えることなく受け継がれました。来日したアメリカ海軍のウィリアム・マック中将がその深さに感銘を受け、アメリカ海軍士官学校(アナポリス)へと持ち帰り、英訳された五省は現在もそこで教育に用いられています。
国を超えて普遍的な価値として認められたこの言葉は、現在の海上自衛隊幹部候補生学校にも良き伝統として継承されています。

命を預かる毎日。自らに問いかける5つの言葉

「五省」には、次のような5つの問いかけがあります。


一、至誠(しせい)に悖(もと)るなかりしか 今日の自分の行いや考えに、真心に反する点はなかったか?

一、言行(げんこう)に恥ずるなかりしか 発言したことと実際の行動に、不一致な点はなかったか?

一、気力に欠くるなかりしか 物事をやり遂げるための精神力は、十分であったか?

一、努力に憾(うら)みなかりしか 目的を達成するために、十分な努力をしたか?

一、不精(ぶしょう)に亘(わた)るなかりしか 面倒くさがらず、最後まで十分に取り組んだか?



これらは、軍人や外科医という特定の職業に向けられた言葉ではありません。人として、どう生きるべきかを問う、極めてシンプルで普遍的な言葉です。だからこそ、国を超えて共感を呼び、時代を超えて受け継がれてきたのだと思います。

「五省」は、医師としての私にどう響くのか

心臓手術の現場は、常に緊張の連続です。一瞬の判断、最後の一針まで気を抜くことは許されません。経験を積めば積むほど技術は向上しますが、それと同時に「慣れ」や「慢心」が忍び込んでくる危険もあります。

だからこそ、私はこの「五省」を毎日自分に問いかけます。

「至誠に悖るなかりしか」——今日の診察で、患者さんに真心を尽くしたか。「リスクも包み隠さずお伝えする」という約束を守れたか。患者さんのご希望を、本当に丁寧に聞き取れたか。

「言行に恥ずるなかりしか」——「患者さん一人ひとりに最善の治療を」と言いながら、ルーティンに流れてはいなかったか。伝えると言ったことを、きちんと伝えられたか。

「気力に欠くるなかりしか」——手術が長時間に及んでも、最後まで集中力を保てたか。困難な症例に対して、逃げずに向き合えたか。

「努力に憾みなかりしか」——より良い術式を追い求め、学び続けているか。世界中の医師と知見を共有し、OZAKI法をより多くの患者さんに届ける努力を続けているか。

「不精に亘るなかりしか」——術後の一つひとつの確認を、面倒がらずに丁寧に行えたか。どんな小さな疑問も、おざなりにしていないか。

この5つの問いは、「命を預かる者」としての私自身を、毎日一から問い直す言葉です。
2,000例以上の手術を経験した今でも、この問いに対して「全て完璧だった」と答えられる日は、そう多くはありません。ただ、それでよいと思っています。
この問いに答え続けようとする姿勢こそが、慢心を防ぎ、患者さんへの誠実さを保ち続ける源泉だと信じているからです。

「五省」が形作った、私の患者さんへの向き合い方

「五省」の精神は、私の医師としての具体的な姿勢にも表れています。

リスクを隠さない誠実さ
私は、患者さんにOZAKI法をお勧めする際も、メリットだけでなくリスクや不確実性を正直にお伝えします。「19年分の良好なデータはあるが、数十年単位の長期追跡データはまだ存在しない」という事実も含めて、です。「至誠に悖るなかりしか」——真心に反することをしない、という誓いがそうさせています。

「OZAKI法ありき」ではない診察
私のところに来られたからといって、「あなたにもOZAKI法を行います」と頭ごなしに言うことは決してありません。患者さんの状態によっては、カテーテル治療(TAVI)や人工弁が最善の場合もあります。「言行に恥ずるなかりしか」——言ったことと行動が一致しているか、常に自分に問い続けています。

最後まで諦めない姿勢
「手術が難しい」と他院で言われた患者さんが来られることもあります。そのようなとき、私はすぐに「難しい」とは言いません。あらゆる可能性を検討し、最善の選択肢を一緒に探します。「気力に欠くるなかりしか」「不精に亘るなかりしか」——最後まで諦めない姿勢は、この問いが支えています。

結びに:安心して命をお任せいただくために

心臓手術を決断されることは、どのような年齢であっても、ご本人にとっても、ご家族にとっても、言葉に尽くせないほどの勇気と不安を伴うことだと思います。

「この先生に任せてよかった」と心から思っていただける日を迎えるために、私はこれからも「五省」の精神を胸に、誠心誠意、日々の医療に向き合い続けます。

技術は磨き続けます。しかし、それ以上に、患者さん一人ひとりに真心を尽くす姿勢を、決して失わないでいたいと思っています。

迷われている方は、どうか遠慮なくご相談ください。あなたとご家族にとって最善の治療を、一緒に考えさせてください。

この記事を書いた人

尾﨑 重之(おざき しげゆき) 心臓血管外科医 / 医学博士 SHIGEYUKI OZAKI, M.D., Ph.D.

1983年、防衛医科大学校卒業後、海上自衛隊幹部候補生学校(江田島)にて研修を受け、医師としての座右の銘となる「五省」の精神を学ぶ。虎の門病院、東邦大学大橋病院などを経て、1996年にベルギー・ルーヴァンカトリック大学に留学。人工弁の動物実験を通じ「異物ではなく自己組織で弁を治す」という着想を得る。帰国後、独自の計測器(サイザー)などを開発し、2007年に自己心膜を用いた大動脈弁再建術(OZAKI法)を世界で初めて実施。2010年より東邦大学医療センター大橋病院 心臓血管外科 教授。現在、国内外で2,000例以上の手術・指導実績を持ち、世界50カ国以上へのOZAKI法の普及に尽力している。

  • 累計執刀・指導症例数:2,000例以上
  • 15年再手術回避率:93.4%(PMDA発表資料より)
  • OZAKI法の普及国数:世界50カ国以上
  • 認定施設数(国内):70以上

本記事は医療情報の提供を目的としており、特定の治療法を一律に推奨するものではありません。治療の選択については、必ず担当医または認定施設の専門医にご相談ください。

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