はじめに
テレビや雑誌で「心臓手術の名医」と呼ばれる医師を目にしたとき、「この先生に診てもらえたら安心だけれど、自分には縁遠い話だ」と感じる方は多いのではないでしょうか。
私が開発した「OZAKI法(自己心膜を用いた大動脈弁再建術)」は、2007年の世界初実施から17年が経過した現在、世界50カ国以上で実施されるまでに広まりました。アメリカの著名な心臓病センター「UPMC」が米国最多の成人OZAKI法実施件数(2024年10月時点)を誇り、ボストン小児病院ではチリ・中国・ベトナム・インドなど6カ国の外科医がトレーニングを受け、子どもたちへの手術を行っています。
しかし私は、「OZAKI法を世界に広めた名医」としてもてはやされることを、決して望んでいません。
本記事では、私がなぜ自ら開発したこの術式を世界中へ広めようとしているのか、そしてそれが、これから手術を控える患者さんの「安心」にどうつながっているのかをお話しします。
「救える命」を掛け算にする。技術を独占しない理由
私がOZAKI法を開発したときから、一貫して心に決めていることがあります。
それは、「この手術を、自分だけの技術にしない」ということです。
理由は、シンプルな算数です。
仮に私が1年間に全力でOZAKI手術を行ったとしても、私一人が直接救える患者さんの数には限界があります。しかし、私と同じようにOZAKI法を安全に行える外科医が1人、2人、10人と増えていけばどうなるでしょうか。治療を受けられる患者さんの数は、その分だけ掛け算のように増えていきます。
これは、医師として当然の考え方だと思っています。どんなに優れた治療法であっても、世界中でたった一人の医師にしかできない手術であれば、その恩恵を受けられる患者さんはほんのわずかです。より多くの命を救うためには、より多くの外科医が安全に同じ手術を行える体制を作ることが、何よりも重要なのです。
だからこそ私は、国内外で積極的に手術の指導やワークショップを行い、手術手順の標準化——誰もが同じ工程で再現できること——を追い求めてきました。
「名医の腕」に頼らない仕組みをつくる——専用器具の進化
より多くの医師に安全にOZAKI法を行ってもらうために、私がこだわり続けてきたことがあります。それが、専用器具の開発と改良です。
私はOZAKI法の開始当初から、弁のサイズを正確に計測するための「弁尖サイザー」と、弁の形を切り出すための「テンプレート(型紙)」を自ら設計・開発してきました。この器具の目的は一つです。
「執刀する外科医の腕によって、手術の質に差が生まれないようにすること」——つまり、器具そのものが再現性の高さを担保する仕組みを作ることです。
しかし、世界中でOZAKI法が広まるにつれ、初代の器具には課題も見えてきました。縫合点のずれが生じやすい箇所があること、サイザーの形状が一部の測定で誤差を生む可能性があること——。私はそれらの課題を一つひとつ見直し、現在の第3世代のサイザーとテンプレートへと改良を重ねてきました。
2019年から2024年5月までに第3世代の器具を用いて実施された369例では、再手術回避率100%という成績が報告されています。器具の進化が、さらなる安全性の向上に直結しているという手応えを感じています。
この器具の改良の歴史は、「自分の手術が完成した」と満足した瞬間に止まるものではありません。世界中の外科医からのフィードバックを受け、課題を発見し、より安全な器具へと磨き続けるプロセスそのものが、OZAKI法の普及を支えています。
「特別な手術」から「標準的な選択肢」へ——世界での広がり
現在、OZAKI法は世界50カ国以上で実施されています。アメリカでは複数の大学病院が独自のトレーニングプログラムを設け、世界中の外科医に技術を伝えています。小児心臓外科の領域でも、アジア・南米・欧州の国々へと広まり、高価な人工弁を入手しにくい発展途上国の子どもたちの命を救う選択肢としても注目されています。
これらの広がりは、私一人の力によるものでは到底ありません。世界中の優れた外科医たちがOZAKI法を習得し、それぞれの国・地域でさらに後進に伝えてくれているからこそ、ここまで広まったのです。
しかし、私の最終的な目標はまだその先にあります。
それは、OZAKI法が一部の限られた医療機関だけで行われる「特別な手術」ではなく、大動脈弁治療における「一つの標準的な選択肢」として、世界中で当たり前のように安全に行われるようになることです。機械弁・生体弁・TAVIと並んで、患者さんが「OZAKI法という選択肢もある」と当然のように知っている世界——それが私の描く未来です。
世界の広がりが、患者さんの「安心」を生む
OZAKI法が世界中で実施されるようになったことは、患者さんにとっても大きな意味を持ちます。
世界中の外科医が同じ術式を実施し、その成績データを学会や論文を通じて共有することで、治療の透明性と信頼性が高まります。「一人の医師が良いと言っているだけ」ではなく、世界中の専門家によって有効性が検証・報告された術式——それがOZAKI法の現在地です。
また、日本国内でも40以上の認定施設でOZAKI法を受けることができます。「開発者の尾﨑先生がいる病院でなければ受けられない」ということは、決してありません。全国の認定施設で、私が行うのと同じ水準の安全な手術を受けていただけます。
これが、技術を広める最大の理由です。患者さんが、ご自身の住む地域で、信頼できる外科医のもとで、安心して治療を選べるようにすること。
「名医」でなければ受けられない手術ではなく、患者さんが「自分の病気の治療の一つの選択肢」として、安心して選べる医療にすること——それが私の願いです。
これからも続ける「改善」と「伝承」
OZAKI法は完成した術式ではありません。今後も続けていかなければならない取り組みが二つあります。
一つは、術式のさらなる改善です。器具の改良はもちろん、手術手順のより精緻な標準化、データの継続的な収集と分析、そして長期追跡データの蓄積。2007年に開始してから17年分の良好なデータはありますが、まだ「完全に証明された」とは言い切れない部分もあります。誠実にデータと向き合い、改善を続けることが私の責務です。
もう一つは、技術の継承です。OZAKI法を安全に実施できる外科医を、国内外でさらに増やし続けること。そのために、これからも指導・ワークショップ・学術発表を続けていきます。
患者さんにとって「OZAKI法を選べる」環境を守り続けるために、私は学び続け、伝え続けます。
結びに:日本の心臓外科から、世界の患者さんへ
「OZAKI法」は、日本の一人の心臓外科医が生み出した術式です。しかし今や、それは一人の医師の術式ではなく、世界中の外科医が育て、患者さんたちが選び続けることで育まれてきた、医療の共有財産になりつつあると感じています。
——これから心臓の手術を控えているご本人、そしてご家族の皆様へ——
「OZAKI法」は決して私一人の不確かな技術ではなく、世界中の医師が習得し、継続的に改善されてきた、確かな根拠のある治療法です。
迷われている方は、どうか遠慮なくご相談ください。「自分の組織で安全に治る」というこの術式が、皆様の不安を少しでも和らげ、健やかな未来への希望となることを、心から願っています。
この記事を書いた人
尾﨑 重之(おざき しげゆき) 心臓血管外科医 / 医学博士 SHIGEYUKI OZAKI, M.D., Ph.D.
1983年、防衛医科大学校卒業。虎の門病院、東邦大学大橋病院などを経て、1996年にベルギー・ルーヴァンカトリック大学に留学。人工弁の動物実験を通じ「異物ではなく自己組織で弁を治す」という着想を得る。帰国後、独自の計測器(サイザー)などを開発し、2007年に自己心膜を用いた大動脈弁再建術(OZAKI法)を世界で初めて実施。2010年より東邦大学医療センター大橋病院 心臓血管外科 教授。現在、国内外で2,000例以上の手術・指導実績を持ち、世界50カ国以上へのOZAKI法の普及に尽力している。
- 累計執刀・指導症例数:2,000例以上
- 15年再手術回避率:93.4%(PMDA発表資料より)
- OZAKI法の普及国数:世界50カ国以上
- 認定施設数(国内):40以上
本記事は医療情報の提供を目的としており、特定の治療法を一律に推奨するものではありません。治療の選択については、必ず担当医または認定施設の専門医にご相談ください。