はじめに
心臓弁膜症と診断され、手術を検討されている方やそのご家族にとって、「費用の負担はどのくらいかかるのか」は、治療法の選択と同じくらい気になることではないでしょうか。
また、「手術後もずっと薬を飲み続けなければならないのか」「食事制限はあるのか」「もし将来また手術が必要になったら……」と、先のことを思うと不安が尽きないという声もよく耳にします。
私は心臓血管外科医の尾﨑重之です。これまで国内外で2,000例以上の大動脈弁手術に携わってきました。
本記事では、心臓外科医としての視点から、「人工弁のコスト」と「日本の医療経済」が今どのような状況にあるのか、そして私が開発した「OZAKI法(自己心膜を用いた大動脈弁再建術)」がその課題にどう向き合っているかを、できるだけわかりやすくお伝えします。
ご自身やご家族の治療を考えるうえで、少しでも参考になれば幸いです。
大動脈弁疾患は「他人事」ではない——増え続ける患者数
まず、どのくらいの方が大動脈弁の疾患と向き合っているのかをお伝えします。
心臓弁膜症(弁の異常によって血液の流れが悪くなる病気)の推計患者数は、日本国内で200〜300万人に上るとされており(日本心臓財団)、年々増加しています。そのなかで最も多く見られるのが「大動脈弁狭窄症」で、65歳以上の2〜4%が罹患しており、潜在患者数は100万人に達すると推定されています。
また、60歳以上に限定した推計では、弁膜症の潜在患者数は約284万人にのぼり、このうち手術を要する重度の状態にある方は約56万人に上るとされています(エドワーズライフサイエンス 意識調査レポート)。
超高齢社会を迎えた日本において、この数字は今後さらに増加することが確実です。75歳を超えると弁膜症の罹患率は急激に上昇し、加齢にともなう「心臓の老化」とも言える問題として、多くのご高齢者とそのご家族に関わるテーマとなっています。
しかし、手術が必要な患者さんが多数いるにもかかわらず、「年齢的に手術は難しいのでは」「費用がどのくらいかかるのかわからない」といった不安が、適切な治療を受ける妨げになっているケースも少なくありません。
知っておきたい「医療費高騰」と超高齢社会の現実
現在、日本の国民医療費は年間約48兆円(2024年度概算)に達しており、4年連続で過去最高を更新しています(厚生労働省発表、日本経済新聞報道)。なかでも75歳以上の医療費は全体の40.8%を占め、高齢化の進行とともに社会保障費の増大が深刻な課題となっています。
疾患別に見ると、循環器系疾患の医療費は約6.2兆円と全体の中で最大の割合を占めており、心臓疾患はその主要な一因です。
医療費の増大は、国や自治体だけの問題ではありません。国民が支払う保険料は医療費全体の約50%を占めており、医療費の増大は巡り巡って、現役世代の保険料負担の増加、そして私たちの子や孫の世代の経済的な重荷につながっています。
驚くほど高額な「人工弁」のコスト——その費用はどこへ行くのか
心臓の弁膜症手術で使われる「人工弁」には、どれくらいのコストがかかるのでしょうか。
保険償還価格(健康保険が認めた公定価格)で見ると、以下のとおりです。
※以下は医療材料としての人工弁の価格であり、患者さんの窓口負担額ではありません。
| 治療法 | 人工弁の価格(目安) |
|---|---|
| 外科手術用人工弁(生体弁・機械弁) | 約90〜100万円 |
| TAVI(カテーテル治療)用人工弁 | 約450〜560万円 |
TAVIは体への負担が少ない優れた選択肢である一方で、使用するカテーテル弁の費用は外科手術用の約5倍にも上ります。
「窓口負担」と「医療全体のコスト」は分けて考える必要がある
「健康保険が使えるから、自分の負担は少ないのでは?」と思われる方も多いかもしれません。確かに、高額療養費制度を利用すれば患者さんご自身の窓口負担は大きく抑えられます。しかし、残りの費用は皆さんが毎月納めている「健康保険料」や「税金」から支払われています。
さらに問題なのは、現在日本で使われている人工弁のほぼすべてが、アメリカなどの海外企業が開発・製造したものであるという点です。つまり、日本の医療保険財源(公的資金)が、毎年膨大な金額で海外へと流出し続けているのが現状なのです。
これは「国の問題」ではなく、私たち一人ひとりの保険料と税金が、どのように使われているかという問題です。
OZAKI法が「体」と「社会」の両方にもたらすもの
私が1996年のベルギー留学での研究をきっかけに開発し、2007年に世界で初めて実施した「OZAKI法」は、こうした課題に対して、医学的にも経済的にも一つの答えを示しています。
OZAKI法は、高価な人工弁を一切使いません。 患者さんご自身の心臓を包む膜(自己心膜)を採取し、独自の計測器(サイザー)でその方の弁のサイズをミリ単位で計測。専用のテンプレートを用いて3枚の弁尖を仕立て上げ、大動脈弁の位置に縫い合わせることで、理想的な弁を「再建」します。
患者さんへのメリット
- ワーファリン(抗凝固薬)の服用が不要:自己組織を使うため血栓がつきにくく、生涯にわたる薬の服用が必要ありません。
- 食事制限なし:納豆・ブロッコリー・青汁など、ワーファリン服用時に制限される食品を自由に食べられます。
- 将来の選択肢を残せる:再手術回避率は93.4%(15年)。万が一の際も、再びOZAKI法・人工弁・TAVI(カテーテル治療)など複数の選択肢から最善の治療を選べます。
- 患者さんごとに設計するオーダーメイドの治療:既製品の弁ではなく、ミリ単位でその方専用に作るため、心臓本来の自然な動きが保たれ、高い耐久性が期待できます。
医療経済的なメリット
- 人工弁の購入費用がゼロになる:90万〜450万円以上かかる材料費が不要になるため、手術全体のコストを大幅に抑えられます。
- 輸入医療材料への依存を抑える可能性があります:自己組織を使うため、高額な輸入医療材料を必要とせず、貴重な医療財源を国内に留めることができます。
- 長期的な再手術リスクの低減:自己組織との親和性が高く、合併症リスクを抑えることで、将来的な医療費の節約にもつながります。
OZAKI法は保険適用——「費用」の実際
「優れた治療でも、費用が高いと受けられない」というお気持ちはよく理解できます。
OZAKI法は保険適用の手術です。高額療養費制度を利用することで、ご自身の窓口負担を大きく抑えることができます。具体的な自己負担額は年齢や所得によって異なりますので、各認定施設にお問い合わせいただくか、担当医とご相談ください。
また、OZAKI法では高額な人工弁の費用が発生しないため、治療全体のコストは従来の弁置換術(特にTAVI)と比べて低く抑えられます。これは、患者さん個人の医療費負担という観点でも、社会全体の医療財源という観点でも、大きな意味を持ちます。
「適材適所」——すべての患者さんにOZAKI法が正解とは限らない
ここまでOZAKI法のメリットをお伝えしてきましたが、私は決して「すべての患者さんにOZAKI法が最善だ」とは考えていません。
心臓の手術には、その方の年齢、全身状態、弁の状態、合併症の有無、そして術後にどのような生活を送りたいかという希望など、さまざまな要素が関わります。
- お体の負担が大きく、外科手術よりもカテーテル治療(TAVI)の方が安全な場合
- 機械弁や生体弁が医学的に適している場合
こうしたケースでは、他の治療法をご提案することもあります。
一方で、「年齢的に手術は難しいのでは」と諦めてしまっている方にお伝えしたいのは、ご自身で歩くことができ、意思決定のできる状態であれば、80歳を過ぎていても手術は十分に可能だということです。高齢での手術に不安を感じるのは当然ですが、OZAKI法では万が一将来的に再手術が必要になっても、人工弁とは異なり「負担の少ないカテーテル治療(TAVI)」などの選択肢を残せるため、生涯を見据えた安心につながります。
私が患者さんに常に心がけていることは、「その方にとって最も適した治療を、リスクも包み隠さず正直にお伝えした上で、一緒に選ぶこと」です。「人工物を入れたくない」「ワーファリンを飲みたくない」というご希望があれば、それを最大限尊重します。すべての選択肢のメリットとデメリットをわかりやすくお話しした上で、最終的にはご本人とご家族に選んでいただきたいと思っています。
結びに——患者さんの健やかな日常が、日本の未来を支える
年齢を問わず、手術を決断されることはご本人にとっても、ご家族にとっても、大きな勇気が必要なことです。
私は、患者さんに「自分の体の一部で治った」という安心感と、術後の自由な日常を取り戻していただきたいと願っています。そしてその選択が、高額な輸入医療材料に頼らずに済むことで、大切なご家族が暮らす日本の医療財源を守ることにも、わずかながら貢献できる——そのことを、治療に臨む一つの後押しとして知っていただければ幸いです。
迷われている方は、どうか遠慮なく私たちにご相談ください。患者さんお一人おひとりにとっての「最善の選択」を、一緒に考えさせてください。
この記事を書いた人
尾﨑 重之(おざき しげゆき)
心臓血管外科医 / 医学博士
SHIGEYUKI OZAKI, M.D., Ph.D.
1983年、防衛医科大学校卒業。虎の門病院、東邦大学大橋病院などを経て、1996年にベルギー・ルーヴァンカトリック大学に留学。人工弁の動物実験を通じ「異物ではなく自己組織で弁を治す」という着想を得る。帰国後、独自の計測器(サイザー)などを開発し、2007年に自己心膜を用いた大動脈弁再建術(OZAKI法)を世界で初めて実施。2010年より東邦大学医療センター大橋病院 心臓血管外科 教授。現在、国内外で2,000例以上の手術・指導実績を持ち、世界50カ国以上へのOZAKI法の普及に尽力している。
- 累計執刀・指導症例数:2,000例以上
- 15年再手術回避率:93.4%(PMDA発表資料より)
- OZAKI法の普及国数:世界50カ国以上
- 認定施設数(国内):70以上
本記事は医療情報の提供を目的としており、特定の治療法を一律に推奨するものではありません。治療の選択については、必ず担当医または認定施設の専門医にご相談ください。