はじめに
大動脈弁の病気と診断されたとき、「本当に手術を受けるべきなのか」「どの治療法を選べばよいのか」と、言葉に尽くせないほどの不安を感じられることと思います。
ご家族の立場からも「手術を勧めてよいものか」「リスクはどのくらいあるのか」と、夜も眠れないような思いをされる方は少なくありません。
現在の医療では、大動脈弁疾患に対する選択肢は大きく広がっています。人工弁(機械弁・生体弁)を使った外科手術、体への負担が少ないカテーテル治療(TAVI)、そして私が開発した患者さんご自身の組織を使う「OZAKI法」——これほど選択肢が豊富になったことは、患者さんにとって大きな恩恵である一方、「どの手術が自分に合っているのかわからない」という新たな悩みを生んでいることも事実です。
本記事では、心臓血管外科医として私が最も大切にしている「適材適所の治療選び」という考え方と、それぞれの治療法の特徴、そして実際にどのように治療方針を決めていくのかについてお話しします。
大動脈弁疾患の治療には、なぜ複数の選択肢があるのか
まず、なぜ一つの病気に対してこれほど多くの治療法があるのかをご説明します。
大動脈弁疾患(特に大動脈弁狭窄症・大動脈弁閉鎖不全症)は、患者さんによって病状の重さ、弁の状態、年齢、体力、合併症の有無が大きく異なります。さらに、術後にどのような生活を望むかという「ご希望」も人それぞれです。
一つの「正解」ではなく、「その人にとっての最善」を選ぶ——それが現代の心臓外科医に求められる姿勢です。
現在の主な選択肢は以下の3つです。
① OZAKI法(自己心膜を用いた大動脈弁再建術)
患者さんご自身の心膜(心臓を包む膜)を採取し、専用の計測器(サイザー)でミリ単位に合わせた弁を作り、大動脈弁の位置に縫い合わせる手術です。人工物を使わないため、術後のワーファリン服用が不要で食事制限もなく、生活の質(QOL)を高く保てます。
② 人工弁置換術(機械弁・生体弁)
悪くなった弁を人工の弁に取り替える、長い実績を持つ標準的な外科手術です。機械弁は耐久性に優れますが生涯のワーファリン服用が必要で、生体弁は薬が不要な分、10〜15年での弁の劣化を考慮する必要があります。
③ TAVI(経カテーテル大動脈弁置換術)
胸を大きく開かずに、カテーテル(細い管)を通じて人工弁を留置するカテーテル治療です。外科手術に比べて体への負担が大幅に少なく、高齢者や外科手術のリスクが高い患者さんに適しています。一方で、カテーテル弁の長期耐久性については現在も継続的なデータ収集が行われている段階です。
「OZAKI法がすべての人にとって最善」とは限らない理由
私はOZAKI法を開発し、その有効性と安全性を19年分のデータで確認しています。しかし、私のところに相談に来られたからといって、「あなたにもOZAKI法を行います」と頭ごなしに言うことは決してありません。
なぜなら、どのような優れた手術にも、必ずメリットとリスクの両方が存在するからです。
OZAKI法にも、正直にお伝えしておくべき点があります。
それはOZAKI法を2007年に開始して以来、19年分の良好なデータが蓄積されていますが、機械弁のように数十年単位の長期追跡データがまだ存在しない点、そして心臓手術である以上、出血や脳梗塞などのリスクはゼロではない点です。
大切なのは、特定の術式を「これが正解だ」と押しつけることなく、患者さん一人ひとりの状態をしっかりと評価し、「その方にとって最も適した治療」を誠実に選ぶことです。これが、私が「適材適所」と呼ぶ考え方の核心です。
治療法はどのように選ばれるのか——「ハートチーム」という仕組み
では、実際に治療法はどのように決められるのでしょうか。
現代の心臓弁膜症治療では、一人の医師の判断だけで治療法を決めることはありません。「ハートチーム」と呼ばれる多職種チームが、患者さん一人ひとりのケースを複合的な視点から評価します。
ハートチームは、心臓血管外科医・循環器内科医・麻酔科医・放射線科医・看護師・臨床工学技士などで構成され、それぞれの専門的な視点から最善の治療法を議論します。これは、日本循環器学会などが定める弁膜症治療のガイドライン(2020年改訂版)においても、治療方針の決定にハートチームでの議論を経ることが明記されている、現代の標準的なアプローチです。
主な評価基準は以下のとおりです。
- 年齢・体力:日本のガイドラインでは、おおまかな目安として80歳以上はTAVI、75歳未満は外科手術(SAVR)を優先的に考慮するとされています。ただし、これはあくまで目安であり、個々の状態を踏まえた総合判断が最優先です。
- 手術リスク:持病(腎疾患・肺疾患・脳血管疾患など)や全身状態を踏まえ、外科手術のリスクを客観的に評価します。
- 弁の状態・解剖学的条件:弁の石灰化の程度や大動脈の形状なども、治療法選択に関わります。
- 患者さんのご希望と生活スタイル:薬を飲み続けることへの抵抗感、術後の活動レベル、妊娠・出産の希望など。
患者さんの「これからの人生」を一緒に考える
医療データや客観的なリスク評価と同じくらい、私が大切にしていることがあります。それは、患者さんご本人の「生活スタイル」と「ご希望」です。
「薬を一生飲み続けることへの抵抗感がある」「術後も納豆や野菜中心の食事を楽しみたい」「旅行や趣味の活動を以前と変わらず続けたい」「まだ若く、妊娠・出産を希望している」——こうしたご希望は、治療法の選択に深く関わります。
たとえば:
- ワーファリンや食事制限を避けたい方、若年層の方、透析中の方→ OZAKI法が特に適している場合が多い
- 外科手術のリスクが高いご高齢の方、体力的に胸を開く手術が難しい方→ TAVIが安全な選択肢となる場合が多い
- 長期的な耐久性を最優先し、薬の管理を丁寧に行える方→ 機械弁という選択肢も十分に意味を持つ
心臓の手術は、ただ病気を「治す」だけのものではありません。退院後に「どのような毎日を過ごしたいか」を実現するための手段でもあります。そのご希望を伺い、リスクも含めて正直にご説明した上で、最善の方法をご家族も含めて一緒に選んでいただくことを、私は常に心がけています。
治療の選択を迷ったときに——「セカンドオピニオン」の活用
「かかりつけの病院で治療法を勧められたが、本当にそれで良いのか確信が持てない」という方も多くいらっしゃいます。
そのようなときは、他の専門医に意見を求める「セカンドオピニオン」を積極的にご活用ください。セカンドオピニオンは、「今の主治医を信頼していない」ということではありません。大切な心臓の手術を前に、より多くの情報を集め、自分自身が納得した上で治療に臨むための、患者さんに与えられた正当な権利です。
特に以下のようなケースでは、専門医への相談をお勧めします。
- 「手術が難しい」「治療できない」と言われたが、他に方法はないか知りたい
- 機械弁・生体弁を勧められたが、ワーファリンを飲みたくないので他の選択肢を知りたい
- OZAKI法という選択肢があることを知り、自分に適しているか判断してほしい
OZAKI法の認定施設では、こうしたご相談にも対応しています。お気軽にお問い合わせください。
結びに:一人で悩まず、私たちを頼ってください
一般の方が、ご自身の病状を正確に把握し、複数の治療法の中から「これが最善だ」と判断することは、どんなに情報収集をされても限界があります。だからこそ、私たち専門医が存在しています。
「手術を受けるべきかどうか迷っている」「どの治療法が自分に合っているかわからない」「他の病院で手術を断られた」——どのような状況でも、まず一度ご相談ください。
私は、患者さんに寄り添い、「この治療を選んでよかった」と心から感じていただける日を迎えられるよう、全力でお手伝いをしてまいります。あなたのこれからの豊かな人生に最も適した治療法を、ご家族とともに一緒に考えていきましょう。
この記事を書いた人
尾﨑 重之(おざき しげゆき) 心臓血管外科医 / 医学博士 SHIGEYUKI OZAKI, M.D., Ph.D.
1983年、防衛医科大学校卒業。虎の門病院、東邦大学大橋病院などを経て、1996年にベルギー・ルーヴァンカトリック大学に留学。人工弁の動物実験を通じ「異物ではなく自己組織で弁を治す」という着想を得る。帰国後、独自の計測器(サイザー)などを開発し、2007年に自己心膜を用いた大動脈弁再建術(OZAKI法)を世界で初めて実施。2010年より東邦大学医療センター大橋病院 心臓血管外科 教授。現在、国内外で2,000例以上の手術・指導実績を持ち、世界50カ国以上へのOZAKI法の普及に尽力している。
- 累計執刀・指導症例数:2,000例以上
- 15年再手術回避率:93.4%(PMDA発表資料より)
- OZAKI法の普及国数:世界50カ国以上
- 認定施設数(国内):70以上
本記事は医療情報の提供を目的としており、特定の治療法を一律に推奨するものではありません。治療の選択については、必ず担当医または認定施設の専門医にご相談ください。